心の叫び魂の叫び Z

すべてのことに意味はある
心の叫び魂の叫び Z TOP  >  政治・経済 >  普通を求める人の普通という定義は普通じゃないのか問題について

普通を求める人の普通という定義は普通じゃないのか問題について

新宿マトリックス
    このエントリーをはてなブックマークに追加



とりあえず~問題言っとけばそれっぽく聞こえるだろうか。

「君は正しかったんだよ」と言って貰いたがっている人について|シロクマの屑籠
d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20130929/p1
エントリを読んでの感想。

■普通の人が求める普通の幸せとは?

普通に生きることが難しい時代|はてな匿名ダイアリー
anond.hatelabo.jp/20130924005809

投稿者の「普通」とは大それたものではない。判を押したような普通な幸せだ。

拡大解釈気味に言うと…
『安定した会社。安定収入のサラリーマン。20歳台は仕事そこそこ遊びもそこそこ。30歳前後には結婚し、子供も産んでマイホームも買って幸せな家庭を築く。』
ってところか。

ネガティブな話題に溢れかえった今の社会ではハードル高そうだが、社会的普通を求めるとこうなるのは頷ける。
しかし「仕事」「安定」「結婚」「子供」…上はいいが下は駄目。そんな普通を重ね合わせていくと普通の定義は狭まって行き理想論となる。

■社会的普通とは?

普通じゃないのは罪、特に社会的立場が下の者は怠け者・落伍者のレッテル。
一億総中流社会と言われた頃の時代の話。ヒエラルキーが釣鐘型もしくは壺形を形成していた時代は終わった。ヒエラルキーはピラミッド型なのは当たり前。今や下層が普通(多数)になりつつ有るように思う。

…にも関わらず、その価値観を中途半端に引きずり、中流がステイタスとでも言いたげに語り続ける世間だが、それも変わりつつ有る。
個人を尊重した価値観にシフト。人の価値は社会性にあらず、個人の生き方そのものに価値がある。(…と思いたい人が多いってことだな。社会への諦念。)

■なぜ彼らは訴えるのか?

そう。虐げられた僕たちは言わずにはいられない。

『俺がこんななのは社会が環境が世の中が悪い!ついでに俺は悪くない!!!』

それらの人は「生き方を肯定」して欲しいのではないと思う。だって自分は間違っていると思って疑わないんだから。
夢や希望が失われかけた諦念の声、恨み節。そんな「主張を肯定」して欲しいのだ。(承認欲求?)

肯定されたからと言って、何が変わるわけでもない。ただ、多少気分は晴れるストレス解消法としては効果あるのではないだろうか。
(しかし人間、同族嫌悪やネットでは匿名の暴力という性質等があって、批判の的になるわけだが…それはまた別の話。)

■許される者はは救われる
尤も。ただ最終的に自分を許せるのは自分だけな気もする。

■終わり
しろくまさんの文章は癒やされる。さすがプロ。


ロスジェネ心理学―生きづらいこの時代をひも解く
熊代 亨
花伝社
売り上げランキング: 96,856

    このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事
トラックバック
この記事のトラックバックURL